※この記事は有料note2016年春号に掲載されたものです。

周囲にはユニークな経営者が多い。まあ、普通の生き方が出来ない、ルールに当てはまるのが苦手だから、「我こそがルール」的に(もっと美しい言葉で言えば「自分の理想を自分の手で証明したい」からこそ)社長になった人の方が多い気がするから(経沢調べ)それは当然かもしれない。

たとえば日常生活の中でも「雨の日でも傘を持たない」という社長は多い気がする。車移動が多いからかもしれないけど「どうせ無くすから勿体ないでしょ」というのがその理由のほとんど。

「大雨になればコンビニで買えばいい」と合理主義を発揮し、物を大事にしてるのかしてないのか意味不明で面白い。さらには、「持ち物が多いほど人は忘れ物をする」「多くのものを持っていると本来の大切なものを見失う」とか、たかが傘問題を、哲学的理論に発展させる友達もいるから、社長という生き物から目が離せない。

「赤信号とか守りませんよ、待ってる時間もったいないし、轢かれなければいいでしょ、自己責任です。アメリカ人はみんなそうですよ」と、某カンファレンスで言い切った社長もいて司会者の苦笑、会場の爆笑をさらってた。

さて、表題の「日経新聞を読まなくても上場できるのか?」

以前、この疑問に挑戦していた社長がいた。「周囲が日経新聞を必ず読んでるから、俺は読まないで上場してやるぞって心に決めた」という不思議なこだわりを持つ某社長。

そんな彼は、結局、

上場したそうだ。すごい。人間なんでもやれば出来る(?!)というのは冗談だけれども、なぜ日経新聞を読まなくても上場できたのか?

それは、もしかしたらITだったからかもしれない。別の某IT上場社長は「そういえば、以前は日経読んでたけど、最近は読んでないな~」と言っていた。その理由を問うと「前は移動中に読んでたけど、いまは移動しないから」と地下鉄通勤から(上場しお金持ちになった結果、都会に引越)タクシー通勤になって、地下鉄のキオスクに立ち寄らない生活になったから。つまり「生活導線上に日経新聞がなくなった」と言っていた(笑)
 
まあ、それだけではなく、新聞は大衆の動きが中心だから、自分の業界、IT関連は記者もあまり詳しくないから必要ない気もしてる、と。でも、いろいと日経新聞について問いかけていくと、「とはいえ、確かに、なんか当たり前のように出てくる言葉、これなんだっけ、なんでみんな導入するの? みたいなのを知ってるのは重要かも。新聞読んで、言葉よりも仕組みを学ぶ感じ」。「あと、自分の肌感覚との違いを認識するのはいいと思う。1月2月は景気悪いって書いてあるけど、俺の会社の景気は悪くない、みたいな」

確かにIT事業だと、「新聞ってそんなに重要? テレビって誰が見てるの? もうオワコンでしょ」。みたいな主張も多い気がする。「ネットで全て完結するでしょ、便利だし」という発想になってしまうからなのかもしれない。

確かにそうなのかもしれない。

私の場合は、いまの事業を始めた時、知人社長に強烈に説教された。

「経沢さん、新聞読みなさい。テレビちゃんと見なさい。頭の構造を変えなさい。経沢さんはITじゃない、手法はそうかもしれないけど、保育事業でしょ。世界を広げなさい。ネットで完結する、ネットで完結させたい。その感覚に陥らない方がいい。」と指摘された。

それ以来、私は日経新聞と日刊スポーツを自宅にて定期購読し、できるだけテレビをつけるようにしている。(それでもついついネットの方が接触が多いけど。。。)

確かに新聞を読むと毎日発見がある。体系的に全体的に見れる。ネットだとついつい自分の見たい記事だけクリックしてしまう。特に私のやっている事業は政治の動きも深く絡んでいる気がする。また、保育問題と、女性活躍推進問題は新聞に掲載されない日はないから、読むのがドキドキするくらいだ。

関連する記事を写メで撮って、社内のフェイスブックグループに投稿するのは私の役目になりつつある。

日刊スポーツは宅配されるバージョンにはエロ記事がない仕様になっているので読みやすい(それは、女性の支持を得るため、自宅配送の購読者を増やすための工夫のようだ。逆に駅売りはエロ記事があるとデーブスペクターさんが言ってた)し、コメンテーターの仕事をするのに凄く役立っている。テレビも然りだ。こんなに世の中の流れをわかりやすくわかりやすく工夫を凝らして映像でつくっていることに感動する。

実際に自分がテレビに出ると、世代を超えての反響があると体感する。視聴率1%だって100万人と思うと、100万PVとるのは大変だから、そりゃ凄いなって思う。

話がそれてしまったが、新聞を読む読まない、テレビを見る、見ないはどちらでも成功できるし上場できると思ったが、

それに関わらず、そこからの延長で「自分の見てるものだけが世界」「自分の理解できる範囲が正しい」と思いがちなのは、人間がもつ悲しい習性のひとつなのかもしれないと。見ている人がいる限り、多くの人が支持している限り、その理由がある。それらを簡単に遮断することは、自らの世界や可能性を狭めてしまうリスクもあるのかもしれない、と。

だからこそ、自分との距離ある情報をとりにいくこと、情報に惜しまず投資することは、機会を生み出す宝探しのようなものかもと思いました。

みなさんはそうですか? 新聞とテレビみてますか? いつから見なくなりましたか? 見てる人はなんでですか?