前編では、それぞれ子育てをしながら「政治」「経営」の世界で生き抜いてきた、国際政治学者の三浦瑠麗さんとキッズライン代表・経沢香保子が「これからの時代の育児論」について語り合いました。
後編では、女性として幾多の困難を乗り越えた二人が「人生の苦難の乗りこえ方」について語ります。
話題になった衝撃的な告白
経沢)話は変わりますが、本の中で10代の頃の性被害について書かれていたことも驚きました。「そこまで言っちゃっていいの?」と。カミングアウトしようと思ったのは、どうしてですか?
三浦さん)編集者からのオーダーとして、女性の生きづらさというテーマを引き受けたから、正面から手抜きをしないで書いた、というだけのことなんです。もともと隠していたわけではないです。
どうしてもこういう問題はカミングアウトするというのが人工的な設定になりがちですから、これまであえて言うことはしませんでした。被害の当事者でなかったとしても、性被害の問題に取り組み、被害者の思いに共感を寄せることはできるはずです。
他方で、冤罪を防ぐために公平性や客観的な目を持つ必要もある。私は本に書いた前も後でも、態度は一定しているつもりです。ただ、当事者といっても感情も様々で、多様な立ち直り方があるし、ひとつの枠に押し込めることはできないんだということは伝えたかったですね。
経沢)そうなんですね。でも、本当にびっくりしました。反響もあったと思います。
三浦さん)そうですね。良きにつけ悪しきにつけ・・・(笑)。
読者のみなさんが、自分の人生に引きつけて考えてくださり、その想いなどを読んで、私も自分の経験をシェアできたことがよかったと思います。
経沢)それから、私と三浦さんの共通の体験としては、子どもを亡くした経験かなと思いました。
私はそれまで、「自分が努力すれば報われる」というある意味ポジティブすぎる気質で生きてきて、子どもが難病だといわれて「どうしようもない困難が人生にはあるんだ」と知ったんです。
逆説的ですが、その辛い経験によってはじめて謙虚になり、「世の中っていうのは、合理的なことだけではない」という視野を得ました。
三浦さんは、ご自身への影響はありましたか?
三浦さん)大きかったですよ。まずは母になったという意味でね。そしてこれまでとはまた違った意味で死を味わいました。
私がみなさんの感想を見て思ったのは、世間で目にする「#Metoo」等の性被害告白も、子どもを亡くした経験の告白も、氷山の一角だということです。
多くの人の、声にならない思いや体験が、海の底に眠っているかのように静かに存在している。たくさんの人たちが辛い経験を胸に秘めながら、ふつうに生活して暮らしているなかでは、どんな重荷を背負っていても、見分けがつかないんです。
だからこそ、個人としての自分のストーリーを提示することで、そこに共感が寄せられ、まるで氷山の一部が立ち現れるかのように、感想と共に告白を寄せてくださった方々がいたことは嬉しかったですね。
一歩踏み出す。そのキッカケは、「次の一日を生きる」こと
経沢)人って、特に女性は、トラウマになるような出来事があると、人生ごと立ち止まってしまう人と、それでも前に進める人がいるように思っています。
三浦さん)私は自分の経験しかわからないけれど、「生きる一日一日に意味が生まれる」というのはあったと思います。
子どもが亡くなったとき、同じ経験をもつ方が集うウェブ上の掲示板をずーっと見ていたんです。
そういう時期もきっと必要なんです。でも、そこにいるほとんどの人は、一時期そこで悲しみを共有して去っていく。しかし、とりわけ他にお子さんが授からなかった人のなかには、悲しみに深く沈んだまま毎日そこに書き込んでいらっしゃる古参の方もいます。その人たちは、一時期悲しみを共有しに来る人たちに、他では聞けなかった心に響く言葉をかけ、癒しを与える側でもあったりするんです。
元の日常に復帰しないことを選んだ人たちにとっては、その掲示板は世間とつながる重要な手段。そんな生き方もあっていいと私は思います。私がそのサイトを見なくなったのは、「次の一日を生きる」ことを意識し始めてからでした。
オリジナルの「切り替えメソッド」を持っておくこと
経沢)落ち込んだときの切り替えかたはありますか?
私は、自分が大変だと思うときは人生の波形を少なくしたいので、マッサージをする、むちゃくちゃ運動する、なんなら引っ越しするとか。物理的なことで平常を保って解決しようとするんです。
三浦さん)物理的な刺激って大事だと思います。意外と思いつめていると身体そのものが辛かったりするんです。マッサージも効きますよね。
私はというと、週末に2時間半かけて田舎に行くことに決めていて、それが一番効きます。家族と行きの車の中で2時間ばかりも話すと、だんだんとあたりが森の雰囲気になり、窓を開けると土の匂いがしてくる。気持ちの切り替えがすごくできます。
子供を亡くした経験は、そんなにたやすく乗り越えられるものではありませんよね。私の場合、ただひたすら振り返って、自省し、思いをめぐらしたことが結果的には乗り越えることに繋がりました。自分を見つめ直すことで、かけがえのない、いまを生きていくことができるようになったのです。
前向きなことばかりでなく、後ろ向きなことも含めて自分の気持ちをしっかりと把握し、自省し、総括する。そのときの気持ちが自分で理解できたことで、次に行こう、と思えました。
経沢)なるほど。今日はとても勇気をいただいて、すっかり三浦さんのファンになりました。ありがとうございました。
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人生の困難にぶつかったときや、仕事と子育ての両立がむずかしいとき。「もうダメだ」と思う瞬間は、人生のなかで幾度となくやってきます。
そんな時、立ち止まらずに進めるか。そのたびに三浦さんのように“自分の視点を切り替える”ことで、その壁を乗り越えるキッカケをつかめる。これからを生きる女性のヒントがたくさん詰まった対談でした。
本対談の前編はこちら↓
「日本の女性は節約しすぎ」国際政治学者・三浦瑠麗にきく”子育てと仕事”
■三浦瑠麗:国際政治学者。東京大学農学部を卒業後、同公共政策大学院及び同大学院法学政治学研究科を修了。博士(法学)。東京大学政策ビジョン研究センター講師を経て、山猫総合研究所代表取締役。テレビでも活躍する一方、執筆、言論活動を続ける。第18回正論新風賞受賞。『孤独の意味も、女であることの味わいも』は初の自伝的著作。
(取材・執筆)まよっこ (@mayomura0911)